丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

リシケシュというヨガ聖地への旅@インド

ようやく慣れてきたデリーだが、ヨガの聖地リシケシュへ経つことに。
リシケシュはガンジス川上流にある小さな町であり、
デリーからバスでおよそ6時間の距離。

夜9時にメインバザールのエージェンシーに集合し、バスへ移動。
まずはバスのトランクルームに荷物を預けるのだが、
ここで外国人にはチップを要求してくる。

「チケット代に全て含まれているはずだ!
エージェントから追加の料金あるなど聞いてないぞ!!」
と4人組欧米人バックパッカーたちが主張し、修羅場と化している。

たかが100円ほどのチップだが、プライドがあるのか欧米人は譲らない。
インド人たちも全く引くことなく、荷物を受け取ろうとしない。
確かにチケットが500円なので、
その2割増しになると考えると納得いかない。

後進国や発展途上国と言われる地域には、
地元民と同じサービスを受けるにせよ、
”外国人料金”という概念が存在する。
最初から値段設定されていることもあれば、
このように現場でチップとして要求されることもある。

私は順番を待ちながらこの戦況を見守っていた。
欧米人の結果次第で、自分の出方を決めようと。

彼これ10分ほど揉めている。
するとインド人荷物係たちが一瞬、
トランクルームから離れる場面があった。
その隙に私はちゃっかりトランクルームにバックパックを収納。
何事も無かったかのようにバスに乗り込む。

それから10分ほどして、チップを支払ったかどうか分からないが、
欧米人らも憤慨した表情でバスに乗り込んできた。
そして漆黒の中、バスがヨガの聖地リシケシュへ向け出発する。

 

私の隣には運悪く、太めのインド人男性が座っており、
このマイクロバスタイプでは窮屈に感じる。

しかも更に最悪なのは、このインド人の寝相の悪さ。
道中、私にもたれ掛って寝ることしばしば。
まぁ私も開き直って彼のブヨブヨ感を
クッション代わりにして寝ていたのだが。

 

予定より到着が早まって朝4:30にリシケシュ到着。
真っ暗な場所で降ろされる。

そこにはオートリキシャが数台待ち構えており、
各々リキシャを捕まえて早々と散って行った。
私は一人取り残された感じ。

歩こうにも真っ暗過ぎて、方角すら分からない。
もっと明るい場所に降ろされると思っていたため面食らう。

仕方なくオートリキシャを捕まえ値段交渉。
予想通り、かなりの値段を吹っかけてくる。
1000円をなんとか200円まで下げることに成功。

行先はリシケシュの町中から更にガンジス川上流へ行ったエリア。
時間にして20分ほどかかるだろうか。

10分ほど経ち不意にドライバーはリキシャを止めて言葉を発する。

「残念だが200円だとここまでだ。さぁこの暗闇の中どうする?
一人では行けないだろう。さぁ追加料金を払え。」

私は約束が違うと主張したが、相手は聞く耳をまるで持たない。
見事な裏切り行為に、さすがに憤慨した私はリキシャを降りた。

 

川を上れば目的地のアシュラムに辿り着くだろうが、
真っ暗のなか動くのは賢い選択ではない。
眠っていたサバイバル本能が働き出す。
とりあえず”ガート”と呼ばれる川の土手で夜を明かすことにした。

よく見ると辺りにはヒンズー今日独特のオレンジ色の服を着た
ホームレスの人たちがたくさん寝ている。
痩せ細った野良犬もうろついており、不気味に吠えている。

夜空を見上げると空気が澄んでいるためか無数の星が
輝いており、その中にカシオペア座を確認できた。

日本とは全く別世界にいるが、日本で見るカシオペア座と変わらない。
そのことがなぜか私に癒しをもたらした。

 

やがて東の空から太陽が昇り始め、
辺りの様子が次第にクリアになっていく。
かなり幻想的な光景だ。

ガンジス川へ祈りにやってきたインド人カラヤンに話しかけられる。
デリーなど都会で話しかけてくるインド人は、
お金をだまし取ってやろうみたいな輩ばかりだが、
カラヤンは物腰が柔らかく、下心を感じない。

お互いの人生観などを1時間ほど語り合う。
カラヤンにとって現世(今の人生)は、来世の為に徳を積むためのもの。
不必要な贅沢をしようとも思わない。
ただただ来世の為に日々を過ごす。

輪廻転生を意識したインドらしい生き方に色々と考えさせられた。
お互いの残りの人生を祝したあと、彼は去って行った。
”インド人は最低な奴ら”という固定観念を見事に壊してくれた。

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戸茂 潤(とも じゅん)

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