丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

何度転職してもやりたい仕事が見つからなかった訳

大学を卒業し入社した一部上場企業。
はっきり言って、全くやりたい仕事ではなかった。

当時、やりたい仕事というのがなかった。

そもそも「やりたい仕事」という意味が分からなった。

仕事というのは、大人が義務的に行わなければならない
つまらない作業と思っていた。

それはイメージとして、刑務所内で囚人が行べき作業と同じ。
一生退屈なルーチンワークを続けるロボット。

だが社会人として世に出なくてはいけなかったので、
福利厚生だけを見て適当に決めた会社であった。

何の夢も希望もなく、ただ世の流れに従順に従っていた。

 

そんなネガティブな状態で会社生活が続くはずなく、
また激務で身体を壊したのを理由に早々に退職した。

その後どうやって生きて行くか全く考えないまま、
ただ生きる楽しさのないルーチンワークから逃げたいという
思いだけで会社を辞めたのだ。

会社を辞めてしばらくして、何にも所属していないためか、
自分の存在価値が無いように感じてきた。

 

そんな中、ある職人と必然的な出会いがあった。

その職人は自分の仕事にやりがいを感じており、
また訪ねてくるお客さんも職人にインスパイアされていた。

その光景は眩しかった。

その状況を目の当たりにした私は意識が180度変わった。
「やりたい仕事という概念は存在するのだ」と。

そして私は「やりたい仕事」を手に入れたい衝動に駆られた。

 

とにかく転職する中で「やりたい仕事」を見つけることにした。

その後、数回の転職を行ったが、
「やりたい仕事」は簡単に見つからなかった。

そしてあることに気づいた。
「”やりたい仕事”自体を求めることが間違っている」と。

やりたい仕事というのは、自分で創り上げるものである。
いくら転職して求めても、そこにやりたい仕事はない。

いや何か違う。。

”仕事”自体に価値はないという方が、しっくりくる。
仕事はただの手段なのだ。

その仕事をすることで、この世に何が生産され、
自分の何が満たされるかを見るべきである。

そこに満足できれば、
自然とそれが自分にとって「やりたい仕事」となる。

仕事そのものは単調な労働にしか過ぎない。

なのでいくら転職しても、やりたい仕事は見つからなかったのだ。

完全に見る部分、判断する部分を間違っていた。

 

それからはやりたい仕事を求めるといった転職活動は辞め、
まずイメージを持ってそれが実現できそうな転職を行った。

要するに描いたイメージが実現できるならば、
仕事(手段)なんて何でも良いのだ。

 

 

そう気づいてからも様々な紆余曲折があったが、
今は自分なりの「やりたい仕事」を手に入れた。

しかも30代半ばに差し掛かろうとしている時に。

別にPCでの作業が特別好きという訳ではないが、
この仕事がもたらす価値というものに惚れている。

私は縛られず自由な環境というのが理想だったので、
それを今の仕事が実現してくれているといった感じ。

しかしながら20代半ばに、
これが「やりたい仕事」になるとは想像もしていなかった。

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戸茂 潤(とも じゅん)

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