丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

「お客は天国、従業員は地獄」の国ニッポン

 

これまで、いろんな国を旅してきた。

そんな中、大きく気づいたことが、
日本国内でのお店やレストランでの
お客に対するサービス精神は異常であること。

要するに、気の使いようが異常であること。

まるで奴隷のごとく、
自分を押し殺しビクビクしている。

そのためお客側は、時に
自分が偉くなったように勘違いしてしまう。

 

だがいっぽう海外では、あくまでもお客と従業員は
フェアな立場であることを感じる。

従業員は気張ってなく自然体なので、
お店やレストランなどでは
ちょっと小話をしたり、
ジョークを飛ばしあったり。

従業員は、お客が欲しいものを提供したり、
商品の説明をしたりするための
便利な仲介役的な立場。

日本のように、変にペコペコせず自然体。

なので、日本の接客サービスに慣れていると、
そういった海外のスタンダードな接客サービスに
イライラしてしまうこともあるだろう。

これは一種の「日本病」であると思う。

ただ、人と接する最低限のマナーさえ
持ってない従業員も海外には多い。

そういう時には、キレても当然だ。

 

そもそも、日本ではなぜ従業員がお客に対して
ビクビクヘコヘコしているのだろうか。

その一つの原因として、
「お客様は神様」
という言葉の存在が大きいと思う。

あなたも日本人である以上、
何度もこの言葉を聞いたことがあるだろう。

 

実際のところ、この言葉は
昭和の演歌歌手の大御所であった
三波春夫が使い始めたらしい。

1961年のことである。

「いつもどのような気持ちで歌ってますか」
というインタビュアーの質問に対し、
「お客様を神様であるかのように想像して歌ってます」
と三波春夫氏は答えた。

三波氏の本来の意味は、
「お客様を神様のように想像することで、
崇高な気持ちでパフォーマンスできる」
とそんな感じであった。

しかし、それからというもの
「お客様は神様」
という言葉だけが社会で一人歩きするようになった。

 

その当時、日本は高度経済成長のまっただ中だった。

そして日本の企業は、
「お金を払ってくれるお客様は神様」
と言って、従業員を教育し始めた。

ここまでは、分からない話でもない。

お客がお金を使うからこそ
それが会社の利益になり、
従業員は給料をもらい、生活できるのだから。

 

でもここからがタチが悪い。

「お客様は神様」という言葉が、
社会で有名になり過ぎてしまったために、
お客側が「自分は神様」だと意識し始めた。

すると、クレームの際の常套手段として用いたり、
無理難題を押し付けてきたり、
なんか変に威張ったり。

従業員側はそんなお客のおかげで、
ビクビクすることになった。

このような流れで、
従業員側とお客側の立場のバランスが、
完全に崩壊してしまった。

お客が変に強すぎる。

その名残が、現在の日本において
色濃く残っているというわけだ。

 

僕の知る外国人たちが日本へ旅行に来ては、
みな日本流の接客サービスに感動している。

テキパキとした対応、
常に腰が低い姿勢、
絶やさない笑顔、
不快を感じさせないコミュニケーションetc..

「天国だ」とさえ言い切る者も。

 

しかしそんな外国人たちは、
日本の従業員側のストレスを知らない。

僕自身これまで様々な接客業を経験し、
そして企業の非正規社員時代には、
クレーム対応の部署に配属されていた。

粗相のないように気を張り、
常に下手(したて)の位置。

理不尽な要求にも「No」と言えず、
常にペコペコ。

強いストレスで奥歯を噛みしめていたため、
顎がかなり疲れていた。

 

日本好きの外国人の友人は、
何回も日本へ足を運んでいるうちに、
そのような日本の従業員の世界観を知り、
「日本人=偽善者なのか!?」
と言っていた。

なかには心から接客サービスが好きで、
快適なサービスを提供する従業員もいるが、
たしかにほとんどが偽善であることは否めない。

逆に偽善であろうが自分を押し殺した立場で
接客サービスを行わないと仕事にならない。

それが「日本で雇われて働く」ということである。

もはや文化として定着しているので、
なかなか変わることは難しい。

 

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