丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

かつての日本の正月を思い出してみた

ふと以前の日本の正月を思い出してみた。

私にとっての以前の正月とは、
1980年代後半~1990年代前半といったところ。

ちょうど小中学生の頃の思い出である。

そして世間ではまさに”バブル”と言われる時代だ。

 

まず今と違って、年の暮には街が新年を迎える雰囲気を
醸し出していた。

12月29日あたりから、ほとんどの人たちは休みに入り、
巷では激しい帰省ラッシュに見舞われる。

新年に向けての買い出しで街が大賑わいとなる。

正月3日間はスーパーやデパートなどを含む、
サービス業は皆休みとなるのが当たり前であった。

もちろんこの当時は、24時間営業コンビニなど
ほぼ存在しない。

都会で暮らしている子供たちが実家に帰省し、
親戚一同で過ごすというのが通例行事。

なので年末の街は、師走の極みで、
商店に買い物客がごった返す。

そのような雰囲気を否が応でも味わうことで、
間もなく新年が訪れるのだなぁと自然に感じていた。

この時代は、誰もが同じ価値観のもと、
同じことをしていたことが当たり前であった。

言い換えればピュアな時代である。

 

 

そして実際に年が明け正月を迎えると、
都市部はほぼゴーストタウンと化していた。

この時代、皆が同じ正月の過ごし方を送っていたのだろう。

都市というのは人通りがないだけで、
こんなにも空虚なものになってしまうのかと感じていた。

物凄く寂しい空気だったことは子供ながらに感じていた。

都市にはいくら建物が乱立していようと、
結局のところ活気は人々が作り出しているということを、
この時悟った。

結局のところ”人”ありきなのだ、と。

しかしこれが面白いことに、自然に囲まれた場所だと、
人は存在しなくてもそこまで寂しさは感じないということに
後々気づいた。

都市部ではその”無機質さ”が不気味なのだが、
自然の中だと”有機質”に囲まれているせいか、
変な不気味さは感じないのだ。

自然から温もりが伝わる。

話しは逸れてしまったが、
とのかくそのいつもと違う不気味な街並みが、
正月であるという認識を私に与えていた。

 

子供たちは皆で遊び、大人たちはお節を食べ酒を飲み、
ダラダラと過ごす。

昔は結婚適齢期と言われる時期に皆が結婚していたため、
親戚子供たちもみな歳が近く、仲良く遊んでいた。

子供にとって、よくテレビゲームで遊んだ
イトコたちと会うのは楽しみであった。

そして宴会の途中で、お年玉タイムがある。
子供にとっては、これが一番の楽しみであった。

お年玉を貰うまで子供たちはどこか落ち着かない有り様。

お年玉の金額は年功序列。

当時の社会体制よろしく、例外はない。

私は次男であったため、兄の金額より少ないのが
いつも不満であった。(笑)

当時の大多数の子供にとって、
まとまったお金を頂けるのは一年を通してこのお年玉だけであった。

正月以外でお金を子供にホイホイ与えるような親は、
スネオ的な金持ち家庭以外ほとんどいなかった。

このお金を元に、いくら貯金して、残りで何を買うか、
真剣に計画を立てていた。

今の時代はどうだろう。
いつ何時も子供にホイホイ物を買って上げる親が多いのではないか。

かわいい余り甘やかしてしまうのは分かるが、
その行為は子供の脳の成長を阻害していると思う。

考える力や忍耐力などなど。

子供が何か欲しい物があったら、
「どうやれば手に入れることができるだろう」
と考える機会を与えさせることが真の親の愛情ではないか。

考える力は、社会では一番大切な脳力となるのだから。

 

 

日本の商業界において、
正月3日間定休という定説を破った会社は、
あの”ダイエー”であるらしい。

業績悪化のためか元日以外を全て営業するという、
従業員泣かせの策に打って出た。

確かに他店が休業している中、
営業すれば売り上げを独占できる。

しかし周囲が同じことをやってしまえば、
売り上げはたちまち下がる。

これではアイディアでもなんでもない。
ただの愚かな策以外の何ものでもない。

実際、翌年にはデパートが同じことをやり始めたため、
初年度の旨みはなくなってしまったようだった。

ダイエーのこの愚かな策はただの失敗で終わってしまえば
良かったのだが、彼らは負の遺産を残してくれた。

以降、こぞってサービス業が正月営業をし始めたため、
正月に働くことが当たり前の空気を作り出してしまった。

 

それからというもの、私が少年期に体験していた正月の雰囲気が
徐々に街から消えて行った。

今日では、年末年始と言われないと気づかないほど、
正月に通常通り街が動いている。

通常通りとはちょっと大げさではあるが。(笑)

雰囲気はアジアの新年の雰囲気と変わらない。
アジアでは基本、新年はただの祝日といった雰囲気。

しかし彼らには旧暦に基づいた大型連休というのは、
しっかりと存在する。

この旧暦による新年の時に、アジアへ行くと大変だ。
以前の日本のように店はほとんど閉まっているため、
何もできない。

また観光地などは現地人でごった返し過ぎて、
身動きが取れなくなる。

まぁホテルの予約がそもそも取れないであろうが。

 

これを考えると、日本人にとっての正月休みの損失は、
大きく、ストレス社会を生み出す要因の一つでは
ないかと思ってしまう。

昨今では、お盆休みもあやふやである。

休む時は休み、働く時は働くというメリハリを失った日本。
全く世知辛い。

もっとも何事もバランスが大切である。

 

以前の正月の記憶を辿った結果、
なぜか現在の日本の憂うポイントが
見つかってしまうことになってしまった。

一度、初心に戻りませんか。

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戸茂 潤(とも じゅん)

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