丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

メガネとコンタクトレンズについて考えた

高校時代にいきなり視力が低下し始めた。

それまでは両方の視力ともに1.5。

勉強し過ぎで、目を酷使したわけではない。

むしろ勉強の量で言えば、中学時代の方が多かった。

強いて言えば、高校時代はストレスに悩まされていたことだろう。
思春期は色々とストレスを抱えてしまう。

過度なストレスが視力低下を招いたというのが持論である。

暗いところで本を読んだりすると目が悪くなるという一般論があるが、
果たしてそうだろうか、疑問である。

昔の人間(主に文化人ら)は、夜ろうそくの中で書を読んだり、
また月明かりの下で書を読んでいた。

であるならば、昔の文化人は皆視力が悪かったのか?

そういった話は一度も耳にしない。

もしかすると、現代の蛍光灯が目にあまり良くないかもしれない。

ロウソクなど比べ物にならないほど明るさを演出するが、
人工的なものという点で何か害がある光が放射されているかもしれない。

私たち人間が見る(体感する)ことが出来る光というものは、
ごく一部と限られている。

この世界には我々の見ることが出来る以外のものが、
数多く存在するのだ。

分かり易いところで言えば、紫外線なんてものは我々はみることができない。

少々小難しい話になるが、光とは電磁波の一種である。

我々が見ることが出来る電磁波を”光”と読んでいるに過ぎない。

電磁波というと携帯電話の電波とかを思い浮かべるだろう。

その通り、携帯電話の電波も光の兄弟みたいなものだ。

レントゲンで使われるX線も然り。

X線はあまり浴びすぎると体に害を及ぼすという理論がある。

そう考えると、蛍光灯から何か見えないなにか有害な電磁波が
発せられているといっても過言ではないような気がする。

ただ明るければ良いという考えは、軽率すぎる。

地球上に存在するものは、必ず表裏一体である。

メリットがあればデメリットも存在するということだ。

便利な物には、裏にリスクが存在する。

パソコンのモニターだってそうだ。

青色光がかなり目に負担をかけるらしい。

人工的なもの、科学技術は極端である。

言い換えれば不自然極まりないということ。

それに比べ自然なものはリスクが少ないように思われる。

なのでロウソクや月の灯りの下で本を読んでも、
リスクがないから視力低下にはつながらないと推測できる。

むしろそういった環境が視力を鍛えることになるのではないか。

 

また産婦人科でのある行為が視力低下を招いているという話もある。

1つは生後すぐ人工的な光を赤ちゃんに浴びせるのが良くないこと。

これは生き物にとってかなり不自然なことで、
赤ちゃんの目に大きな負担を掛けてしまうらしい。

また2つ目に、生まれてすぐ除菌のため赤ちゃんに差す目薬が
良くないということ。

一時期は、目薬に水銀が含まれており問題になったとか。

生まれてすぐのこういった行為が、後々視力低下を引き起こしている
という見方もあるのだ。

しかしながら無抵抗な赤ちゃんにはどうしようもない。(苦)

 

 

話しを元に戻すことにしよう。

高校時代に視力が徐々に低下し始め、0.6まで落ちてしまった。

しかし0.6ぐらいなら、メガネなしでも日常生活は送ることが出来るので、
高校時代は裸眼で過ごしぬいた。

高校を卒業し、私はコンタクトレンズを購入してみた。

これがさらなる視力低下に繋がることになるとは思わなかった。

コンタクトレンズを付け始めて、いつの間にか視力が
0.1まで落ちてしまった。

ここまで落ちてしまうと、裸眼では生活に支障をきたす。

そのためコンタクトレンズを外した時の為に、
メガネを買うことになった。

これがメガネ購入の切っ掛けであり、
それからはメガネなしの人生は考えられないことになった。

 

それにしても最近はコンタクトレンズはかなり安くなったものだ。

私が初めに購入したときは片眼で、2万円近い値段であった。

落としてしまうとそれは一大事であったのが懐かしい。

今ではディスカウント店が市場を占めることになり、
驚くほどの価格で売られている。

 

最初メガネの活躍の場は夜だけであったが、
次第にコンタクトレンズのケアが面倒になり、
いつの間にかメガネがレギュラーの座を奪っていた。

以降、コンタクトレンズはスポーツ時や海外旅行のときぐらいしか
使われなくなった。

なぜ海外旅行時にコンタクトレンズを装着するかというと、
日差しの強い南国ではサングラスを掛けるからである。

 

またメガネ業界も豊富な品揃えのディスカウント店が増え、
メガネが一つのお洒落アイテムとして世に広まって行った。

視力の悪くない者までも伊達メガネを掛けたりと。

 

個人的にメガネを選ぶ際はデザインよりも機能性を重視する。

なかでもお気に入りは、スポーツタイプのメガネ。

スポーツタイプのメガネは軽く、
また形状記憶ものが多いので壊れにくい。

メガネを掛けていつの間にか眠ってしまい、
朝起きてみるとフレームがよがんでいることが普通あるが、
スポーツタイプは柔軟性があり強い。

通常のメガネは長く使っていると、ネジが緩くなる。

留めても留めてもすぐに外れるようになる。

しかしスポーツタイプメガネはネジ留め箇所が少ない、
もしくは存在しないため長持ちする。

 

昔はメガネを作るとき、超薄型レンズはべらぼうに高かったが、
今では特別料金はかからないという粋な店も増えてきた。

消費者にとっては、うれしい状況である。

 

いくらコンタクトレンズよりメガネは楽といっても、
当たり前だが、やはり裸眼が一番楽である。

そういった意味においてレーシック手術には興味がある。

しかし聞いたところの話では、
レーシック手術をしても徐々に視力が落ちてくるらしい。

そう考えると、なかなか踏み出せない。

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戸茂 潤(とも じゅん)

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