バックパッカーの聖地カオサン通りに空しく再降臨@タイ
2ヵ月半のインド放浪を終え、旅の出発点であるタイに戻って来た。
インドの空港に比べて、スワンナブーム空港は近代的で眩しい。
野性的になっていた自分には、幾分似つかわしくない感じだ。
2ヵ月半前、初めてタイの土地を踏んだ時は神経質になっていたが、
今では土地を踏んだ瞬間、思いっきり気を抜いてる自分がいる。
タイの空気はインドの空気に比べたら、それほど緩い。
路線バスを乗り継ぎ、バックパッカーの聖地カオサン通りへ向かった。
知っている街を訪れるのはなんと気が楽なのだろう。
ひどい渋滞で4時間ほど掛かったが、カオサン通りに到着。
そこには2ヵ月半前と変わらない騒々しいカオサン通りが存在していた。
しかし初めて訪れたときのアウェーに飲まれるような感じはなく、
バックパックを背負い胸を張り堂々と歩く自分がいた。
これが成長というものなのか。
もしそうなら、成長とは経験から来る自信ということになるだろう。
カオサン通りは、まるで我が家に帰ってきたような気分にさせてくれた。
カオサン通り裏路地にある、
一泊80バーツと安いママズゲストハウスに宿を取った。
ママズゲストハウスの1階は美容室のため、
多くのタイ人女性の溜まり場となっていた。
インドのローカルレベルは典型的な男社会で成り立っており、
女性と接する機会が皆無に等しかったため、
気さくなタイ人女性たちとのコミュニケーションは新鮮な気分であった。
実はタイに戻って来て、刺激的インドの幻影を追っていたためか、
タイにガッカリしていたところがあった。
しかしタイでは女性たちと普通にコミュニケーションが取れるという、
インドにはない面を持っていたため、
「タイはタイで良い国だ」と気持ちが切り替わるこの単純さ。
それぞれの国にそれぞれの良い面がある。
良い面を見つけて、それを楽しむことが海外旅行を楽しむコツであろう。
日常の男女の付き合いだってそうである。
出会いと別れがある中で、いつまでも前の異性を想っていたり。
果てはストーカーにまでなってしまったりと。
「人生という旅」を楽しむには、切り替えが大切なのではなかろうか。
遅い夕食をカオサン通りの屋台で取ることに。
メニューの豊富さに驚き、あれもこれもガッついていた。
しかも全て美味しい。
これもインドにはない、タイの良いところ。
インドでは散々、食に泣かされたので。。。
隣りの席では珍しく黒人がご飯を食べていた。
欧米人バックパッカーのほとんどは白人であり、
なぜだか分からないが、黒人バックパッカーは稀なのである。
普段は小心者で人見知りなのだが、インド帰りで気が大きくなっていた私は、
気軽にその黒人に話し掛けていた。
彼はフランス人であり、タイに来たばかりだと言う。
私は、彼に下手くそな英語でインドの面白さを力説していた。
調子に乗っていることが自分でもわかっていたが、
普段の自分の枠を超えた行動に気持ちよさを覚えていた。
この屋台にしてもそうだが、タイではよく子供が働いている。
家族経営が多いためであろう。
お父さんが調理し、お母さんと子どもが配膳担当という感じ。
子供に話しかけると、恥ずかしそうに逃げて行く。
日本ではあまり見かけないが、
彼らを見ているとなぜかホッとさせられる。
食事を終え、賑やかなカオサン通りを散歩していると、
さっきの黒人にバッタリあった。
もう一人黒人が増えている。
どうやら一緒に旅している友達らしく、すぐにお互いリスペクト。
「今から、オンナを捕まえるから一緒に来ないか、ブラザー!」
と誘われたが、そのジャンルでは彼らに着いていけないので、
そこは低調に断り、ハグして別れた。
その時、彼らにインドは合わないだろうとも思った。
タイに来る欧米人バックパッカーは大まかに2種類いる。
1つは、”旅”によって純粋に文化の違いを楽しむ者。
私はこの種の欧米人とは、ウマが合う。
まぁ基本的に日本人のバックパッカーはこのスタイルだから当然だろう。
2つ目は、羽目を外すために來る者。
彼らは群れたがる傾向があり、他の文化に交わろうとしない。
自分の国でもできるようなことを、わざわざやっていたりする。
カオサン通りにはこの類の連中が多い。
こういうこともあり、私は早くカオサンから脱出したい気持ちであった。
どうも波動が異なる人間たちといると、疲れてしまう。
どうも私は旅の中に冒険を求めているらしい。
未知の世界へのドキドキ感。
そこでバンコクを離れ、チェンマイに行くことにした。
すると不思議とテンションが上がってきた。
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