丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

ゲリラ流海外ボランティア活動での熱き口論

ゲストハウス近くのマカティ通りに面した、
スーパーマーケットを利用していた時のこと。

スーパーのサラダバイキングコーナーにて、
ドレッシングがないか探していたところ、
1人のフィリピン人おばちゃんが日本語で話しかけてきた。

「どうかしましたか?」

その日本語は比較的できる感じである。
そこでドレッシングを探している旨を話すと、
親切にも彼女はその問題を解決してくれた。

レジを済ませると、イートインスペースがあったので、
一緒にサラダを食べながら、ちょっと彼女と話した。

 

”ディジー”と名乗るその彼女は、
以前1年ほど日本に住んだ経験があるという。

通りで割りと日本語が出来るわけだ。

そしてフィリピンに帰った現在は、
日本での介護福祉の仕事に就くため、
日本語勉強中であるとのこと。

日本のニュースで、
「来るべき団塊世代での福祉分野の労働者数確保のため、
外国人の労働力を輸入する」
という話題は、耳にしたことがある。

どうやら実際に東南アジアの人たちは、動き出しているようだ。

 

ディジーはこの日、マカティー通りにある”japan foundation”
へ勉強しに来ており、休憩がてらスーパーに来たらしい。

japan foundationは、このスーパーから歩いて5分の場所に
あるということであったため、一緒に行ってみる事となった。

japan foundationはいわゆる国際交流基金が運営する
日本の文化を海外へ発信する施設。

施設内には日本語の書籍や新聞、
雑誌などが置いてあり、自由に閲覧できる。

また学習できるスペースもあるため、
日本語学習者にとっては使い勝手の良い施設である。

日本と友好関係にある国にはjapan foundationがあるらしい。

私がjapan foundationを訪れたのは、ここマニラが初めて。
6人ほどのフィリピン人が勉学に励んでいた。

施設内は日本の文字で溢れていたためか、
まるで日本にいるような気分になった。

 

ここで2時間ほどディジーの日本語教師をすることになった。
彼女が問題を解く過程で、分からないところを私が解説する。

まさにゲリラ的な海外ボランティア活動である。

解説は英語を用いて行ったので、
こちらとしても良い英語のトレーニングとなった。

社会貢献を行いながら、自分のスキルも磨くという
この合理的な海外ボランティア活動は、
私が海外旅行をして行く中で至った境地である。

 

 

一通り勉強を終えた後、我々は夜ご飯をあの有名な
ファストフード店の”Jollibee”へ食べに行った。

Jollibeeはフィリピン人華僑が創ったファストフード店であり、
フィリピンの街の至るところで見掛ける。

またJollibeeはアメリカや香港、インドネシア、ベトナムなどに
進出している国際的企業である。

s-img_1548

 

ここで我々はパーソナルな話題や、国の話題などの
談議に花を咲かせた。

そして話題はいつの間にか、宗教観にまで及んでいた。
フィリピン人のほとんどはカトリック教徒であり、
ディジー自身も敬虔なクリスチャンである。

一方、私自身の宗教観は”神道”に近い。
神は至るところに存在するという考え。

 

神を唯一と考えるディジーにとっては、
どうも私の考えが納得できないらしく、熱くなっていた。

別にこれは私の考えであって、分かって貰わなくて良い。
思想は自由であって然るべきもの。

なので私は思想や宗教観などを人に押し付けることもない。

しかし敬虔なクリスチャンの強情さは異常であり、
私に反発してくる。

「別にあなたがそう信じているなら、それで良いと思うよ」
と答える私。

我々のテーブルは不穏な空気に包まれたが、
ディジーはハッと我に返り、
「宗教の話しは辞めましょう」
と言って、穏やかな空気を取り戻した。

20141021_192206

「海外において、宗教の話しは避けたほうが無難である。」
という一般論はよく耳にする。

私も基本的にはそう思う。
がしかし、一度はぶつかって外国人が持つ宗教に対する信念を
肌で感じることは良い経験だと思う。

確かにしばし感情的になり、不穏な空気となることはよくある。

しかし必要以上に話題に気を使う必要はない。
なぜなら彼らは宗教の話の議論には慣れている。
その後の関係がおかしくなるなることは滅多にない。

もし関係が崩れるようなら、相手がそれだけの器だったということ。
それ以上、そんな相手とは付き合う必要はない。

場の空気感を異常なまで気を使う日本人には、
自分の殻を破るための必要な経験であると思う。

また実際に経験することで、国際交流で必要とされる
寛容さや忍耐を計ることができるよい機会である。

経験ほど尊い学びはないのだから。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

プロフィール

プロフィール



戸茂 潤(とも じゅん)

プロフィール