丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

2,3ヶ月に一度、約3週間の海外旅行が快適ライン

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スリランカ南端のビーチにて

20代後半にアジア放浪を行なった僕は、
すっかり海外に惚れてしまっていた。

そして帰国後は、
「時々、海外旅行のできる生活が欲しい」
と強く思い始めた。

そこで「整体師として手に職つけて、
一人で仕事すれば、たまに海外旅行できる」
と思い、月5万円の整体修行を行ない始めた。

その間は、まとまった休みが無かったのと、
以前から背負っていた
数百万の借金返済に追われ始めたため、
海外旅行などする余裕はなかった。

そして結局、整体師としての修行は辞めて、
30歳にして借金返済を理由に、
安月給の非正規労働者として、
普通の会社組織で働き始めることになった。

 

会社では、顧客のクレーム対応がメイン。

他の社員がやらかしたミスなのに、
ひたすら頭をさげる毎日。

クレイジーなストレス社会のためか、
理不尽な要求や怒りをぶつけてくる顧客。

判断を仰ぐため、メタボ上司に相談に行くと、
なぜか彼は僕にウダウダと愚痴る始末で、
なにも答えを示さない。

結局、僕自身で判断し、
その後またややこしい事態に発展すると、
メタボ上司は僕に叱責してくる始末。

定年退職までの、腰掛け上司は
”自分の身の保身”しか考えていなかった。

そんな感じで、身も心もボロボロになり、
毎日が憂鬱で仕方がなかった。

 

1に海外、2に海外、、、5に海外

そんなストレスある職場環境であったためか、
「海外旅行がしたい!」
との思いが俄然強くなっていた。

常に頭の中は旅への願望で
満たされている状態であった。

寝ても覚めても、「海外へ行きたい」と思うばかり。

 

しかし、毎月の生活費や借金返済があるために、
海外旅行するお金の余裕などなかった。

というか、そもそも
「持っている有給休暇を
娯楽(旅行)のために消化することは非常識」
と、社内では捉えられていた。

「有給休暇は、病気の時や
身内に不幸があった時のために使うものだ」
という暗黙のルールが存在していた。

要するに、海外旅行するお金だけでなく、
時間の余裕もなかった。

 

国内にいる限り、完全にリフレッシュできない

しかし、リフレッシュがどうしても必要だったので、
休みの日にはサッカーで汗を流したり、
近場の国内旅行に出かけていた。

だが、それらは
ほんの一時的な気休めにしかならなかった。

日本国内で何かをしていも、
聴こえてくる音は日本の音だし、
見えるものは日本の風景だし、
非日常を味わうことがなかったために。

なんか、日常の嫌なことや不安なことや
ストレスにまみれた仕事のことが、
どうしても頭によぎってしまう。

そう、求めていたのは「完全な非日常」であり、
それは「海外」以外に存在しない。

海外では、景色、匂い、味、音、温度、
つまり五感で感じるもの全てが非日常。

結果、海外に行くと強制的に
日本での自分の感覚や感情を忘れることができ、
本当にリフレッシュできる。

そういう意味で、
ストレス社会で生きる僕たち日本人にとって、
海外旅行は精神衛生上、必要なものである。

 

こっそり副業で収入を生み出し、そして決断

ストレスまみれの非正規社員生活を続けて、
2、3年目のこと。

ネットサーフィン中に、
たまたまあるブログを訪れた。

そのブログの主は、島根という田舎に住みながらも、
皿洗いの仕事の片手間にパソコン1台で仕事を始めて
その後は雇われない生活を手に入れていた。

それを切っ掛けに、
僕は副業として、インターネットビジネスを
隙間時間を使って行ない始めた。

 

途中、道が逸れることもあったが、
しばらくして会社と同等の収入を
副業から生み出すことができるようになった。

500万の借金も全て返済することができ、
肩の荷が下りたとともに、一気に経済的余裕ができた。

そして、
「よしっ、有給使って海外旅行しよう!」
と決心した。

数年間日本に閉じこり、
ストレスにまみれまくっていたため、
我慢の限界を超えていた。

また、自分で稼げることも大きな自信となっていた。

「ダメなら会社を辞めてやる」

そんな覚悟で、多少緊張しながらも、
メタボ上司にまとまった有給休暇を申請した。

案の定、メタボ上司は
「おいおい、人が足らないんだぞ!
グチグチグチグチ・・・・」

「人が足らないなら、あんたが働け!」
とはさすがに、口に出せなかったが、
僕はそんな感じで強気であった。

結局、僕の頑固かつ「男に二言はない」
と言わんばかりの表情を見て、
最終的には申請が受理された。

それからというもの、
メタボ上司と話をするたびに愚痴られたが、
そこは完全スルーしていた。

 

会社勤め時代のプチ贅沢な海外旅行

短期ながらも、念願の海外旅行が叶い心が躍った。

日本と異なる匂い、景色、音、温度、食事は、
僕をアナザーワールドへと、いざなってくれた。

しかも、以前行なった貧乏アジア放浪の時とは違い、
経済的な余裕があったので、新鮮さを求めて
ちょっとリッチな海外旅行に挑戦したりしていた。

仕事で溜まったストレスを、贅沢することで、
発散していたかもしれない。

OLがブランド物のバッグなどを、
意味もなく買うように。(笑)

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上海ヒルトンホテルで外の景色を見下ろす

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豪華なビュッフェ会場。1人ではもったいない雰囲気。

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一人では勿体ないので、
兄を連れてリッツカールトンホテルKLに宿泊@マレーシア

その後も会社勤め時代は、強引に有給休暇を取り、
3、4ヶ月に1度の割合で海外旅行するようになった。

しかし、その旅行の期間はというと、
最大で1週間というのが限界であった。

海外に行けるだけマシであったが、
「やはり1週間という海外旅行は短い・・」
というのが正直な感想であった。

なんか、ゆっくり海外に浸ることができなく、
「あぁ、まだ日本に帰りたくない・・」
と毎回思っていた。

 

自分のタイミングで海外旅行できる環境

その後僕は会社を辞めて、今では
一匹狼として収入を得ながら食べて行っている。

パソコンとネット環境さえあれば仕事ができるので、
場所の束縛をほぼ受けない状況。

そのため、行くタイミングや期間など、
自分で海外旅行をカスタマイズできる。

なので会社を辞めた後は、激しい解放感のため
一時期頻繁に海外旅行していた。

だが海外の滞在期間が長くなると、
次第に海外の環境が日常化し、
感動や新鮮さがなくなってきた。

それは僕にとって問題であった。

「海外は日本の生活の逃げ場として、
非日常空間だからこそ、価値がある。」
ために。

例えば、いくらラーメンが好物だからと言って、
毎日食べていては飽きてしまう。

たまに食べるから、
最大限に美味しく食べれるように。

また日本の新鮮な寿司や質の高い料理が、
海外では食べれないというのもある。

 

そのような経験も踏まえ、僕自身
”2、3ヶ月に一度、3週間ほどの海外旅行”
というペースに今のところ、しっくり落ち着いている。

日本に飽きてきた頃に、
ゆっくり海外でリフレッシュし、
改めて素晴らしい日本の環境を新鮮に楽しむ。

日本と海外、両方と上手に付き合っていく、
合理的なペースである。

まぁ”今のところ”、そう感じる。

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シンガポールのビーチにて

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戸茂 潤(とも じゅん)

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