丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

香港人の性格は意外にも几帳面という事実

現在、香港は一国二制度という体制のもと、中国に属している。

しかしなぜか中国とは全く異なる国であり、
”香港という1つの独立した国”という感覚を持ってしまう。

まさに華人国家であるシンガポールのように。

香港人のオリジナルは、世界でも空気が読めなく
鈍感ベスト3には入るだろうあの中国人。

香港は長らくイギリスの統治を受けていたため、
教育はイギリススタイルで行われてきた。

そしてもちろん、日常生活での情報の規制等もなく、
自由な表現活動が許されている。

メインランド中国とは正反対に位置する、
民主的な国家(地域?)なのだ。

メインランド中国人のDNAを持っていながらも、
環境次第で性格が違ったものになるのかという観点から、
香港人の性格には、兼ねてより興味を抱いたていた。

 

そして実際に香港を訪れて、
中国との違いを肌で感じることができた。

雑多な中国とは違い、整然とした空気感が漂っている。
「雑多さと整然さのどちらが良いか」
という議論はここでは追及しないが、
日本人にとっては整然さに慣れているためか、
香港の空気感はどこか安心できる。

空気感はそこに存在する人たちによって作り出されるもの。
なので国によってそれぞれ異なる。

空気感とは即ち、そこにいる人たちの性格の集合体とも言える。

この香港の空気感が中国の空気感と全く異なっていたため、
おおまかに見て、中国人と香港人の性格の違いが読み取れた。

 

香港の街を歩いてみると、面白いことに気づいた。

香港は世界一とも言われる人口過密地帯であり、
街中には人、人、人。

即ち日常生活において、人との物理的距離が非常に近いため、
混雑の中を歩くことが多い。

しかし面白いことに全く人に触れることがない。
香港人は無意識レベルで周囲の人をケアしているのだ。

この性格はおおよその中国人は持ち合わせていない。
中国人は我が物顔で歩く性格の者が多いため、
こちらがよく道を譲る形となる。

また列に並ぶときなんかは、横入り当たり前で、
また後ろから押して来たりが日常である。

しかし香港人は規律を守る性格のためか、
横入りや身体に触れてきたりしない。

もちろん足を踏んでくるようなこともない。
香港人はパーソナルスペースを皆わきまえている。

日本人と中国人は正反対の性格を持ち合わせているようだが、
香港人はというと、より日本人の性格に近いと感じる。

しかし日本人の性格に近いが、日本人ほど真面目ではない。
楽観的な日本人といった感じである。

 

香港の街を歩たり、レストランで食事していたりすると、
豪傑で品がない人物をしばし目にする。

こういう性格の香港人もいるのだと思っていると、
香港人の友人からすかさず突っ込みが入る。

「あの下品な彼らは、メインランド中国人だ」と。

 

私には香港人の友人が多数いるのだが、
彼らとのコミュニケーションは円滑に行うことができる。

中国人の友人たちとは、よくかみ合わないことが起きるが、
香港人の友人らとは、なぜか噛み合う。

恐らく中国人と香港人は、意識が違うのだろう。

意識の違いは世界観の違いを生じさせ、
引いてはそれが性格となる。

意識は環境の中で構築されていくものだ。

民主的な生活環境で育った香港人の性格は、
同じく民主的な環境で育った日本人の性格に近くなるのも、
うなずけてしまう。

しかもそんな中で、
香港人は自己中心的な中国人のDNAを持っているためか、
はたまたイギリス仕込みの個人主義が浸透しているためか、
日本人ほど他人に気遣いしすぎることがないため、
彼らと接していて疲れない。

個人的には、香港人の性格は均整がとれていると思う。

 

 

余談になるが、香港人の友人たちが日本人の性格について、
抱く疑問をシェアしておく。

「なぜ日本では過労死が多いのか?全く理解できない。」

「なぜ日本人は極度に失敗を恐れるのか。
英語や中国語など語学を日本人にネットで教えているが、
書くことは積極的だが、話すことをしない。
話すトレーニングをしないと一向に上達しないのに。。。」

「なぜ日本人は直接的に想いを伝えてこないのか。」

等々。

う~ん、どれも的を射ている。
私は適当に彼らの問いに答えたのであった。

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戸茂 潤(とも じゅん)

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