丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

顎関節症の恐怖、10時間の脱臼生活

それは高校生時代、いつも通りの欠伸をしたとき起こった。

「ガクッ」

周囲には聞こえない音だったと思うが、
自分の耳には骨を伝わってはっきりと音が拾えた。

顎が外れてしまったのだ。

左側の顎関節だけ外れているため、下顎がズレているのが分かった。

痛みは特にないが、違和感は半端ない。

いつも自由に動かすことが出来る部分を動かせなくなることで、
異様な不安や恐怖に襲われた。

この時、顎を動かせないだけこんなにも喋れないものだと思った。

手で顎を元に戻そうとトライしてみたが、
簡単に動かすごとが出来ない。

たまたま休日の自宅にるときだったため家族に
「オ~ オ~」
と唸りながら、状況を見せることで顎が外れていることを理解してもらえた。

しかし家族も当惑していた。

顎を入れて貰うには、どこに行って良いか分からないと。

そこで大学病院に電話してみたところ、
”口腔外科”に来院すれば対応できるということだったので、
急いで大学病院へと向かった。

受付に事情を話す(もちろん親が)と、緊急ということで、
すぐに診察室へと通された。

生死に関わる緊急性でもないのに、緊急扱いしてくれたことには感謝だ。

しかしまこと微妙な緊急患者である。(苦笑)

 

診察室に入るとまずレントゲンを撮られ、そして治療椅子に座らされた。

出来上がったX線フィルムを見せられ説明を受けた。

見事に左顎関節が外れているのがわかった。

外れていると言っても、ぶらんとしている訳ではない。

下顎は上顎と筋肉や靭帯で強く引き合っているため、
構図的にぶらんとはならない。

関節を外れて、ずれた形で上顎に引っ付いてしまっているという具合だ。

どおりで自分で戻そうと思っても、びくともしなかった訳だ。

 

一通りの説明を受け、いよいよ脱臼整復作業に入ることになった。

助手である1人の男が私を抑え、ドクターが私の口に手を突っ込み、
一度下顎を上顎から離すことで、整復を試みようとした。

私「ぅわーーーーーっ!!」

しかし激しい雄叫びとともに恐怖心からなのか
反射的に力が入ってしまうため、下顎を上顎から引き離すことができない。

ドクターから「楽にして」と言われるが、なかなか楽にできない。

何度かチャレンジしたがやはり力んでしまい、うまくいかない。

そこでもう一人助手が加わり、力ずくでの整復作業になった。

私は暴れまくり顎も必死な抵抗を続けたが、2人の男の力には適わない。

すると下顎が上顎から引き離され、

「パコッ」

と、見事納まるべきところに納まった。

ホッとした。

人生初の経験であった。

 

 

それからは気を付けていたため、1年ほどは外れなかった。

次に外れたのは大学生の頃だった。

顎関節脱臼は大学生時代がピークであった。

 

実家帰省時にプロサッカーを観戦している途中、欠伸をしたとき外れた。

自宅に帰り、口腔外科を探したところ、
小学生時代に通っていた歯科医院が口腔外科も行っていることが分かった。

日曜日であったため休院日であったが、
家族が電話をしてみて事情を話すと、特別に引き受けてくれた。

家族が昔から通院しているということに義理で応えてくれたのだろう。

感謝であった。

2回目なので、そこまで恐怖心はなかったためか、
すぐに正常に整復できた。

やれやれである。

 

 

その後大学生時代に何度か顎関節が外れることがあったのだが、
2度の整復体験から自分で整復してしまっていた。(笑)

自分で整復できればなにも怖いものはない。

しかしそれは完全に慢心であり、顎関節脱臼を甘くみていた。

 

それは意外な時に訪れた。

自宅から160km離れた広島の友人宅で夜ご飯を食べている時。

納豆を食べようと口を開けた時、「ガクッ」と外れた。

友人は驚いていたが、慣れた私はすぐに整復できると思い、
友人に言葉にならない声で「大丈夫だ」と諭した。

しかし何度かチャレンジするのだが、なかなかうまくいかない。

夕食を食べて自宅に帰る予定であったので、
心配する友人をよそに車に乗り込み帰路についた。

運転しながらでも、整復できるだろうという考えであった。

学生時代はお金を浮かすため、高速道路を利用しない。

夜中の国道を突っ走り、信号待ちの時に整復にトライするが、
うまくいかなかった。

いつもよりタチの悪い顎関節脱臼であった。

そしてなんだかんだ、顎関節が外れたまま自宅に到着してしまった。

3時間近く外れっぱなしである。

口がずっと半開きであったため口内は完全に乾ききっていた。

自宅で落ち着いて、整復を試みるもハマらない。

顎関節が外れて、5時間は経っただろうか、
気持ちが悪くなりはじめ、吐き気を催すようになった。

整復を諦めて病院へ行くことに決めた。

しかし真夜中であったため、朝まで待たなければならない。

ムカムカ感は辛かったが、とりあえず寝ることにした。

顎関節が脱臼したまま寝れるのかと思ったが、
かなり疲れていたせいか、2,3時間は寝ることが出来た。

 

朝シャワーを浴び、一番乗りで総合病院へと向かった。

受付で筆談で症状を伝えると、優先的に通してくれた。

やはり顎関節脱臼は緊急患者らしい。。。

ドクターたちによる整復が始まったが、なかなかうまく整復できない。

私はリラックスしているため、割と自由に下顎を持って行けるのだが、
どうも顎関節の上顎の臼の中に筋が一緒に入ってしまうため、
うまく下顎を入れても違和感があるのだ。

そこでいつも以上に下顎を前方にスライドさせ、
はめ込むとうまく整復することが出来た。

かなり強引であったためか、顎が全て外れるのではないかと思い、
多少暴れてしまったのだが。(苦笑)

しかし手術だけは免れたので、ホッとした。

実に、顎関節が脱臼して10時間後のことだった。

かなりの拷問であった。

 

 

顎関節症の兆候は中学生時代からあった。

授業中、左腕を立て手に顎を乗せるのがクセであり、
パコパコと関節の音を鳴らしていた。

だから左顎だけが、脱臼する結果となったのだろう。

 

もうかれこれ10年間、顎関節脱臼は起こっていない。

しかし完治したわけでない。

顎が外れるタイミングというのを分かっており、
無意識に気をつけているからである。

今でも口を大きく開けることが出来ない。。。

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戸茂 潤(とも じゅん)

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