丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

コーヒー嫌いなのにコーヒー修行という謎の行動

元来私はコーヒーが好きではなかった。

大学を出るまではコーヒーと言えば、
砂糖とミルクたっぷりのコーヒーしか好んで飲まなかった。

しかしいくら砂糖とミルクが入っていようとも、
昔から缶コーヒーは苦手である。

インスタントコーヒーは問題ないが、缶コーヒーはダメ。

味は問題ないのだが、飲んだ後に気持ちが悪くなるのだ。

保存料か何かに身体が反応している気がしてならない。

 

そんなコーヒーに思い入れも何も全くない私だったが、
ある時コーヒーと真剣に向き合う機会が訪れた。

20代半ばだったろうかカフェを経営したいという野望を持ったのだ。

なぜコーヒーが好きでもないのにカフェなのか。

それはカフェという空間演出に興味を持ったためである。

料理や飲み物に興味を持ってはいなかったが、
音楽やインテリアに拘りはあった。

当時は、No music No life という生活を送っていた。

soul, funk, R&B, Hiphop, reggae ,classic, Jazz, Bluesなど
様々なジャンルの音にハマっていた。

レコードも何百枚と収集していたぐらいだ。

ただなぜだか、ロックだけは聴く気がしなかったのは不思議だ。

 

 

そこでカフェ営業には最低限コーヒーぐらいは必要だと思い、
しばしカフェでコーヒー修行をすることにした。

ウェイターとして働くことになったカフェのオーナーは、
日本の3本の指に入るコーヒー職人に弟子入りして、
コーヒーの淹れ方を教わった人物であった。

そのカフェでは自家焙煎のコーヒーも販売していた。

本格的なコーヒーが学べると思い、意気揚々であった。

しかも有難いことにカフェではコーヒー研究のためなら、
いくらコーヒーを使っても良いというルールがあった。

ウェイターとして働く傍ら、隙をみてコーヒーの淹れ方を練習しまくった。

まるで新しい開発を行う科学者のようだった。

オーナーが淹れてくれたコーヒーの味を覚え、
ひらすらそれに近づける訓練。

カリタと呼ばれる3つ穴の玄人向けドリッパーを使っていたため、
初めは散々であった。

いわゆる下手くそそのもの。(苦笑)

カリタのドリップの速度はかなり早い。

そのためお湯を注ぐスピードや注ぎ方には
かなり集中しなければならない。

10を最高点にすると、淹れる人によって1でも10でもなる。

その点メリタは穴が1つのため、ドリップ速度は遅い。

そのため淹れ方にあまり神経を使う必要はない。

メリタは誰が淹れても3~7点ぐらいとバラつきはない。

安定感のメリタ、パフォーマンスのカリタと言える。

 

基本オーナーは店には顔を出さないので、
自問自答しながら日々鍛錬。

オーナーのテイスティング試験に合格しないと、
お客さんには出せないことになっていた。

研究の傍らコーヒーをかなり飲んだ。

淹れたての本格的コーヒーが、
こんなにもピュアで美味しいとは思わなかった。

ミルクや砂糖はいらない、
コーヒーの味そのものをこの修行のプロセスで覚えてしまった。

インスタントコーヒーは飲んだ後、お腹にもたれが来るのだが、
淹れたてのコーヒーはもたれない。

すっきりとしている。

またその深い香りに堪らなく癒される。

それまでコーヒーの本質を知らず、
コーヒーは好きではないと賜っていたのはなんだったんだろうと。

完全な食わず嫌いならず、”飲まず嫌い”であった。

 

上手く淹れることができたコーヒーには共通点があった。

ドリッパーに残った粉の形が美しい形をしていたのだ。

均一な広がりおよび厚さで仕上がっていた。

この仕上がりを意識し、何度も繰り返していると、
かなりコーヒーの仕上がりが安定してきた。

 

自分なりに人に出すことが出来るくらいの質の仕上がりに
なったと判断したため、オーナーへの試験をトライすることにした。

オーナーはいつも取引先の人との話し合いの場所として、
カフェに顔を出していたため、いきなりお客さんへ出すことになった。

若干震える手で、オーナーとお客さんの前にコーヒーを置いて、
そしてその場を後にした。

まさかいきなりお客さんに出すことになろうとは。。。

私自身、撃たれ弱い性質なので、
オーナーはともかくお客さんにダメ出しされたら、
マットに沈みそうだ。

 

しばらくしてオーナーから呼ばれて感想を貰うことになった。

オーナー「うん、完璧ではないけどいいね」

お客さん「いやぁ美味しいです。なんの問題もないですよ」

しばし日本人は、本音を語らない。

たまたまこのお客さんの人の良さに恵まれただけかどうかは分からない。

しかしオーナーもお客さんに対し、正直に言うことを促していたので、
2人の言葉および感想を信じることにし、

「ありがとうございます」

と私は彼らに素直な感謝の気持ちを述べた。

 

大企業への入社試験の合格の如く、
見事試験に合格した私は翌日からお客さんに
堂々とコーヒーをサーブする日が始まった。

それまでは店長にコーヒーのサーブをお願いしていたが、
私が独り立ちしたため店長は店を空け、外回りする日が多くなった。

おかげでカフェはほぼ私の城と化してしまった。

将来に向けての良いデモンストレーションの場となったのだ。

カフェ業界に片脚を入れてみて、気づくことが色々あった。

これはなにか自分がやろうと思った時、大事なアクションであると思う。

やり始めて、「こんなはずじゃなかった」を防げる意味で。

お金を掛けて所有してから気づいてはダメージが大きすぎる。

時にはそのダメージは命をも奪ってしまうほど強烈だ。

実際の現場を体感して、諦めるのも賢い生き方だ。

 

私の場合はその後、一度カフェ構想は中断している。

先々に経営するかもしれないが、いまだ未定である。

 

いやはやコーヒー嫌いが、こうも見事にコーヒー好きになったものだ。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

プロフィール

プロフィール



戸茂 潤(とも じゅん)

プロフィール