丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

中国ベトナム国境の田舎町の驚くべき高級ホテル

入国審査がサクッと終わり、初めて中国の地に足を着けた。

道はキレイに舗装されており、雰囲気も落ち着いているためか、
ベトナムとの”格の違い”を感じてしまう。

男性、女性それぞれの闇両替人から声を掛けられるが、
例え断っても、全くしつこくない。

玄人っぽいおっさん両替人を掴まえ、
街に出る移動費用分の少額両替(ドン→元)を行った。

標準レートが分からなかったが、
少額なのでそこは気にしなかった。

 

↓友誼関↓
yuugijou

中国側の国境には”友誼関”という門がそびえ立っている。
これは漢の時代に造られた関所だ。

この辺一体は昔から、中越戦争の舞台となったため、
丘の上にある塹壕などを観光できるようになっている。

使い古された大砲なども無造作に置かれてたりし、
ちょっとした見所となっている。

 

中国側の国境付近には町はないため、タクシーで
一番近い距離にある”ピンシャン”という町に行くことにした。

明朗なおばちゃんから声を掛けれたため交渉した。
町への距離感も全く不明だった中、40元(約500円)で妥結
できたのは納得。

また、おばちゃんはただの仲介人だと思ったが、
いざタクシーに乗ると、このおばちゃんが運転手なので驚いた。

日本以外の国で、女性タクシーの運転手は見かけない。
日本ほど治安の良い国はないということだろう。

(※その後、中国の旅で女性運転手を見たことはない。)

 

山に囲まれた片側2車線の高速道路をぶっ飛ばす。
山は水墨画に描かれるような、年季の入った岩山なので、
中国らしくとても風流であった。

道中、おばちゃん運転手とも話が弾んだ。
私の中国人に対する先入観とは違っていた。

それは訪れている場所が、純粋な漢民族の中国ではなく、
広西チワン族自治区だからなのかもしれない。

 

タクシーは30分ほどして、突如ビルが建ち並ぶ町に出た。
ピンシャンは割としっかりした町だったので、驚いた。

おばちゃんは迷いなく、一番豪華そうなホテルに横付けした。
「こんな豪華なホテルに泊まる金銭的余裕はないのだが」
と思いながらも、とりあえずタクシーを降りた。

しかしホテル相場確認のためと思い、この30階建てくらいある
「憑祥(ピンシャン)大酒店」に入ってみた。

ロビー内のフロアや壁のタイルはビカビカと光っており、
また天井が異常に高く、キャッチボールが出来そうなくらい。

かなりの宿泊額を予想し、レセプションで詳細を訊ねた。
しかし英語が全く通じないため困っていると、
唯一英語のできるマネージャーらしい青年が対応してくれた。

そしてその金額に耳を疑った。
朝食ビュッフェ付ツインルームが約3500円であったのだ。
私の予測では最低でも1万は見込んでいた。

新しい国に来たばかりなので、計算間違いを疑ったが、
冷静に計算しても間違いではなかった。

私は即刻、チェックインすることにした。

↓スタンダードルーム↓
DSCN0393

部屋は広く綺麗であり、文句なし。
また窓から望む外の展望が素晴らしかった。
仙人が住んでいそうな山が霧の中に映えている、
とても風流な景色が心を癒してくれた。

朝食に関しては様々な料理を楽しめ、これまた文句なし。
ただホールの女性スタッフたちが大して働かず、
壁に寄りかかってペチャクチャ喋っているのには、
中国らしさを感じた。

またこのホテルでは唯一英語ができるマネージャーが
滞在中、何かと紳士に対応してくれたので満足極めた。

↓無駄に豪勢なロビー↓ roby

 

ピンシャンは碁盤の目のように整備された町なので、
道に迷ったりすることなく、楽に散策できた。
また規模も小さいため、半日もあればおおよそ制覇できる。

あるローカルな麺屋さんに入ってみた。
そこのレジには7才くらいの愛くるしい女の子が座っていた。

そこで女の子に「麺が食べたい」と伝えるも全く伝わらない。
言葉のやりとりしても埒が明かなかったので、
女の子を表へと連れ出し、看板の写真を指差したところ
理解してくたと思いきや、中国語でまた何か言ってきた。
しかし全く理解できないため、再び振り出しに戻った。

そうしていると、厨房担当の母親が騒動を聞きつけ、
表に出てきてくれたので、一応決着がついた。

女の子は中国人客に対しては、精算業務など
ちゃんと仕事をこなしていたため感心した次第だ。

中国は美味い麺料理が安価で豊富にあるので、
無類の麺好きの私には、うれしい。

 

他にも屋台が開かれており、水餃子や網焼きの
食べ物も手軽に食べることができたので滞在しやすかった。

言葉のやりとりは、中国語の「これが欲しい」と
簡単な数字さえ覚えておけば、問題ない。

 

町中に観光するようなところは無いが、
とにかく歩いて廻るだけで愉しさを味わえる町であった。

町の人たちも山の民族らしく皆純粋であった。
これが広西チワン族の特徴であろう。

初めての中国がここ憑祥市であったことで、
中国の印象はかなり良いものとなった。

 

時間があれば、桂林などに足を延ばしたかったが、
また次の機会にと思い、再びベトナムへと戻った。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

プロフィール

プロフィール



戸茂 潤(とも じゅん)

プロフィール