丸腰の非正規労働者が独立し国際交流を楽しむ。一匹狼で人生を欲望的に生きる一風変わった豊かな生活。

真昼のインド売春街と巧みなインド商人@コルカタ

明日はバンコクへ経つ日となっている。

およそ2ヶ月半のインド放浪が終わる今日、
あの”禁断の場所”に行ってみることにした。

その場所とはコルカタの「ソナガチ地区」である。

そう、インドの最大級の売春街(風俗エリア)である。

インドにおける売春問題は根が深く、
もはや国際問題となっている。

コルカタの売春宿にはその地理的な位置から、
ネパールやミャンマーや
バングラディッシュから連れて来られ
働かされている女性が多いらしい。

それも幼少時代に人身売買や誘拐といった形で
強制的に連れて来られているのがほとんど。

貧困がある以上、食い止めるのは難しいらしい。

まさに日本に引きこもっていては
想像できない世界の現実だ。

 

サダルストリートから地下鉄に乗り、
空港方面へと向かった。

緊張しつつもソナガチ地区最寄の
ジリッシュパーク駅で降車し、
典型的なコルカタの街並みの中を歩いて、
売春街を目指した。

 

10分ほど歩いただろうか、
通りを曲がった瞬間、
そこに異質な雰囲気の街が姿を現した。

その空気感に呑まれ、僕は一瞬立ちろいだ。

まだ昼の時間だというのに、
太陽に似つかない怪しげなオーラが
放たれていたためだ。

もしドラクエの中に売春街があるなら、
こんな雰囲気なのだろう。

フィリピン最大の歓楽地である”アンヘレス”と、
ノリが全く異なる荒廃っぷりだ。
(記事:夜遊びナイトライフの町アンヘレスで売春?

 

アオドレナリンと脇汗が出る中、
冷静を装い、通りを歩く。

狭い道の両脇に所狭しと
ボロい売春宿が立ち並んでいる。

客引きの男が声を掛けてくるが
振りほどいて、ただただ歩く。

ソナガチに来といて
「売春に興味が無い」
と言って断る僕に
客引きは首をかしげていた。

それはそうだろう。

今回に関しては、間違っているのは僕の方だ。

 

ソナガチ

宿の入り口にはサリーを纏った娼婦たちが立ち、
ジッとこちらを見ている。

その目に僕の理解の及ばない悲壮感を読み取り、
なんか居たたまれない気持ちになった。

通りの人は疎らであり、かつ、
東洋人が珍しいためか、
その視線を両サイドから一斉に浴びていた。

僕の”一挙手一投足”を
観察されているような感じで、
身体全身が凍り付く。

歩くたびにHP(ヒットポイント)が
減っていくのが分かる。

Poverty in Asia

売春宿は不衛生なのが伺えるため、
とても利用する気になれない。

聞くところによると、
HIVの感染率も決して低くは無いらしいが、
そのことに納得せざるを得なかった。

コトを済ませ笑いながら宿から出てくる
インド人たちがいたが、
彼らの神経を理解できない自分がそこにいた。

フィリピンの歓楽街は、全く問題ない僕なのだが。。
(記事:意識もうろうしながら人生初の売春3P体験@マニラ

 

インドの闇の部分が凝縮される売春街ソナガチ。

ストリートを歩くだけで、
そのヤバい感じが十分伝わった。

そしてインドの風俗事情は、
他の国のそれとは一線を画していることを
知っているためか、
なんとなく気分が落ちてしまった。

貧困層の女性たちの身を案ずるばかりである。

daku03

 

 

屋台でのインド商人との駆け引き

ソナガチを後にし、我が宿である
サダルストリートのパラゴンに戻ると、
パラゴンの前で雑貨の露天を出している
自称”サトシ”が声を掛けてきた。

”サトシ”と言っても彼はインド人である。

かつて日本に住んでいた経験があるらしく、
日本語が堪能だ。

しかも、なぜか関西弁。。

 

彼は
“日本人をターゲットにした雑貨屋”
という戦略で、かなりの売り上げをあげている。

服飾やアクセサリーを扱っているが、
日本人のお金の価値基準を心得ているため
値段設定が巧い。

「インド基準では高いが日本基準だと安い」
という値段設定のため、
最大の利益幅を算出している。

普通のローカル店に行けば、
もっと安い値段で買えるが、
「彼は日本を知っている」
という安心感で、
日本人客はついつい買ってしまうようだ。

サトシはクレバーなビジネスマンだ。

 

サトシとは何度も顔を合わせていたが、
僕はいつも「高い」と言って、
ウィンドウショッピングで終わらせていた。

サトシも頑固であり、
値段を下げようとはしなかった。

 

そんなサトシが僕を呼びとめ、
ついに値段をまけてくれると言う。

以前より一つ気に入っていた

150ルピーのアクセサリーがあったのだが、
それを約半額の80ルピーでという提案。

「強情なインド商人も、
ついに僕の頑固さの前に屈したか」
とほくそ笑み、購入の意思を伝える。

 

するとサトシが
「その代わり・・・」
という言葉を続けた。

かなり、嫌な予感がした。

「その代わりに、この日本円を
インドルピーに両替してきて欲しい」

サトシの手には日本の1000円札があった。

どこかの日本人が、
日本円で支払いをしたのだろう。

 

確かにサトシが持っていたところで意味が無い。

インド人が日本円からルピーへの両替するのは
困難なために。

そこで僕を利用しようと思ったわけだ。

つまりサトシは、値引き分の70ルピーを
パシリ代として計上したということだ。

彼は決して屈してなどいなかった。

 

両替に行くのが面倒であったが、
双方にメリットのあるwin-winの取引だったため、
オファーを受け入れた。

恐るべし、インド商人である。

コメント

    • 匿名
    • 2016年 9月 24日

    こういうのはさらにひどい貧困が前提にあるので娼婦ですらマシという状況。
    子供時代はゴミ拾いして物乞いして生活している。

    ようやく女を切り売りできる年齢になって喜ぶ女性もいるくらい。
    まずインドの貧しさを改善しない限り売春はマシな産業になってしまう。

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戸茂 潤(とも じゅん)

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